プロフィール
管理人:しま
こんにちは。「うつ病体験記ブロガー」の『しま』と申します。
現在アラフォー。
実家でブログ(雑記ブログ、ゲーム攻略ブログ、当サイト)を書きながら生活しています。
有料noteやインスタにも挑戦中。
猫アレルギー持ちですが、ネコが大好き!
猫動画を観るのが好きで、色んな猫系YouTubeを観ながら癒されています。
そんな私の夢は、ズバリ「猫を2匹飼う」ことです^_^
幼少期の私について
私は、幼少の頃から人見知りで、学校生活(集団行動など)が苦手な子供でした。
ですが、学校外では自分の友達や姉、姉の友達など
気心知れた人たちと遊ぶのが大好きな一面もありました。
近所を冒険したり、家で塗り絵や着せ替え人形などで遊ぶのも好きな、
普通の女の子でした。
小学校の転校をきっかけに、自分の殻に閉じこもるように。。
そんな私の人生を大きく変えたのは、小学3年生の引越しと転校でした。
当時引越した場所には、自分の家と隣りの家を合わせて2軒しかなく、
あとは見渡す限り木々が広がるだけ。。
なんだか世界と切り離されたような、ぽっかりとした寂しさを感じました。
さらに、
転校先の学校はとにかく荒れている生徒が多く、
男子はつかみ合いの喧嘩や先生に反抗して椅子を投げつける、
女子は仲間はずれ、など。。
「ここは本当に同じ日本?」
まるで違う国にでも来たのかと錯覚するくらい衝撃的で、
今まで経験したことのないような
恐怖や不安、悲しみ、絶望感などを強く感じていました。
また、転校生にありがちな、考え方や価値観の違いから
「それ変だよ~」と自分の行動をからかわれたりする事が増え、
『本当の自分を出してはいけない』
『目立ってはいけない』
と、自分を抑圧するようにもなってしまいました。
学校から帰ると、今までのように子供らしく外で元気に遊ぶ事が少なくなり、
夕飯の時間までソファで眠ることが多くなりました。
たまに叔母が訪ねてくると、
「あれ、また寝てるの?」と驚かれるくらい。
今思うと、
この時の私はうつ病予備軍だったのかもしれません。
短大生になってから、うつ病初期症状が。。
自分に蓋をしながらも、部活に入るなどしながら
一件普通に学生生活を送り、高校を卒業します。
ですが、この頃にはすでに本当の自分は疲れ果てていたようです。
「もう休みたい!」と、悲鳴をあげた心の声が一瞬、聞こえたような気がしました。
そんな心の叫びもむなしく、そのまま短大に入学。
「あぁ、また、疲れる日々が続くのか・・。」
と絶望にも似たがっかり感を感じながらも、
入学したからには頑張らなきゃと、
バイトをしながら短大生活を送っていました。
すると途中から、友達の会話の一つ一つに何だかやたらとイライラしている自分がいました。
もう、とにかく理由もなくイライラするのです。
「自分って、何かおかしいかもしれない」
と感じながらも、それを周りに見せないようにするのに必死でした。
就職後、さらに症状が進む。。
短大を卒業後、保育士に就職すると、さらに症状は進みます。
この時ぐらいから、夜眠るために部屋の電気を消すと、
なぜかフクロウが自分めがけて飛んでくるなどの幻覚に悩まされるように。
また、眠ろうとすると心臓がドキドキしたり
朝も起きれないなどの症状が続き、
これ以上は無理!と、自分で調べて精神科を受診。
うつ状態と診断されます。
この時私は「この苦しさは、やっぱり病気だったんだ」と、
ようくやくほっとした記憶があります。
結局、保育士は1年間で辞めました。
うつ病治療開始。。
当時はうつ病の存在が知られていない時代だったため、
親や世間に理解してもらえない苦しさを抱えながら過ごしました。
20代はほぼ引きこもり生活を送り、
投薬、通院を続けながら何とか良くしたいと模索していました。(私は暗黒の20代と呼んでいます。)
たまたま心療内科のカウンセラーの方がアロマテラピー的な要素を取り入れていた事で、
「症状を改善する方法は、薬以外にもあるかもしれない」
と思うようになりました。
スピリチュアルや精神世界が私を救う。。
うつ病になってからは、今までの生き方を見つめ直したり
自分の内面を見つめる機会が多くなるため、
自然と精神的な世界に興味を持つようになりました。
私がうつ病を改善するために取り組んできた事は、
カウンセリング・アロマテラピー・フラワーエッセンス・パワーストーン・タッピング・鍼灸・霊気(レイキ)
ヒプノセラピー・シータヒーリング・気功・瞑想・非二元(ノンデュアリティ)や悟り的考え方・ヒーリング音楽
などなど。。
とにかく「早く治したい」「本当の自分を取り戻したい」という思いが強かったですね。
インナーチャイルドの癒しや感情解放など、
色んなセラピーやセッションを受けているうちに、
「自己受容」「自己愛」が大切なんだと気づきます。
また、悟りや非二元という存在を知ってからは、自己探求的な形になり、
目覚めた生き方にも興味を持つようになりました。
このように、自分にとことん向き合い癒していくにつれて
少しずつ薬の量も減っていきました。
そして現在。。
保育士を辞めてからは単発のバイトなどをごくたまにする程度でしたが、
29歳の時にこのままではいけないと危機感を感じ、
入力業務関係の仕事に就職、4年間務めました。
現在は薬なしで生活できるまで回復。
実家でブログを書きながら生活しています。
油断すると自分を見失いがちですが、自己愛を高められるよう日々意識して生活しています。
当サイトでは、うつ病が回復するまでに実践してきた方法や、当時感じていたことなどを発信しています。
わたしの実践してきたことが、必ずしもすべての人の改善につながるとは言えませんが
私の発信している内容が、何かしらのヒントになってくれれば嬉しいです。